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鹿児島地方裁判所 平成10年(ワ)726号 判決 1999年11月19日

原告

郡山永美子

右訴訟代理人弁護士

亀田徳一郎

山口政幸

被告

ケイエスプラント株式会社

右代表者代表取締役

栫井銀二郎

右訴訟代理人弁護士

染川周郎

主文

一  原告が、被告との間に雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成一〇年四月一日から毎月末日に金一九万六二九二円を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第二項及び三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

(以下、当事者等の個人名が繰り返される場合には、氏又は名を適宜省略して表示する。)

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、被告から解雇されたのは、労働条件の改善を求めたことが理由であるから、労働組合法七条の準用により違法・無効であり、また、右解雇は、合理的理由を示さない解雇であって解雇権の濫用に当たり無効であるなどとして、被告に対し、従業員としての地位の確認を求めるとともに、解雇日後である平成一〇年四月一日から毎月末日に一九万六二九二円の給料の支払を求める事案である。

二  前提となる事実

次の事実は当事者間に争いのない事実か、又は、証拠上容易に認められる事実(この場合には採用証拠を括弧に掲げた。)である。

1(一)  被告(以下「被告会社」という。)は、平成二年九月七日に設立・登記された生コンクリート(以下「生コン」という。)の製造販売等を目的とする株式会社である。被告会社の資本金は五〇〇〇万円であったが、平成一〇年五月一二日、二億円に増資し、同年七月六日、三〇〇〇万円に減資している。被告会社の登記簿上の本店は、鹿児島市錦江町にあるが、鹿児島市西別府町に生コン工場(以下「大峯工場」という。)を有しており、被告会社の事業所及び営業の拠点は、大峯工場であった。被告会社は、株式会社カコイエレクトロ、カコイ産業株式会社、株式会社ベスト石油等被告会社を含めた合計九社から成るカコイグループの一社であり、被告会社の株式は、カコイ産業株式会社が九〇パーセントを有し、株式会社ベスト石油が一〇パーセントを有している。(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)

(二)  原告は、平成八年一月三〇日、被告会社に従業員として雇傭され、大峯工場において、生コンを運搬する大型ミキサー車の運転手(以下「生コン運転手」という。)として勤務してきた。原告の本件解雇前の三か月(平成九年一二月から平成一〇年二月まで)の平均給料は、一九万六二九二円であった。(<証拠略>)

2  被告会社は、平成一〇年二月二七日、原告、生コン運転手久保春美、同徳重和秀及び試験室係有村茂樹の四名に対し、解雇日を同年二月二八日とし、解雇予告手当及び退職金一割増を支払い、社会保険を同年三月三一日まで延長するという解雇条件で解雇予告通知をした。なお、原告については、被告会社の退職金規程の支給要件である勤続三年に満たなかったが、勤続三年とみなして退職金一割増を支給するものとされた。

また、被告会社の生コン運転手であった池田栄は、右解雇予告通知があった日に、自ら申し出て被告会社を自主退職し、退職金一割増を受給した。(<証拠・人証略>)

3  原告らは、平成一〇年二月二七日から四月一五日ころまでの間、被告会社取締役営業部長上野德幸、株式会社カコイエレクトロ総務人事課長大西守(カコイエレクトロのみならずカコイグループ各社の人事担当者であった。)との間で、復職の可否や解雇条件等について、複数回にわたり話し合いの機会を持った。その結果、右四名の被解雇者のうち原告を除く三名は、前記解雇条件に加えて一か月分の給料を支給するという条件で平成一〇年三月末日までに解雇を受け入れたが、原告は復職を希望し、被告会社との話し合いは決裂した。(<証拠・人証略>)

三  争点

本件解雇の効力如何

四  争点に関する当事者の主張

1  被告会社の主張(整理解雇)

(一) 人員削減の必要性について

被告会社は、平成二年九月の会社設立以降、七期連続の赤字決算が続いており、カコイグループの他社から三億円余を借り入れている状況にあった。特に、平成九年以降は、いわゆる「金融機関の貸渋り」などにより、経営状態は極めて厳しく、金融機関からは新規融資が不可とされ、人員削減を含めた会社の事業縮小・合理化以外に倒産回避の方法がなかった。

そこで、被告会社では、合理化努力に最善を尽くしたが、最終的には五名程度の人員削減はやむを得ないと判断した。

なお、平成一〇年四月に被告会社で勤務した原田聡は、同月一日付で被告会社のグループ会社である中央建設株式会社土木部に採用された者であり、被告会社の大峯工場で五日程度現場研修をしていたに過ぎない。また、アルバイトの雇傭については、生コン業界における傭車・アルバイトは、出荷に波のある生コン業界においてはやむを得ず生じるものであり、運転手が不足することを意味するものではない。

(二) 被解雇者選定の合理性について

(1) 被解雇者の選定については、被告会社は同業他社と比較して生コン輸送車台数が多いことから、他社並みの台数一〇台を基準として人員削減人数を検討し、さらに、欠勤、遅刻及び早退の頻度、勤務状況並びに健康状態等を基準として、今後の顧客サービスに耐えられる人材か否かなども加味して、人員の選定を行った。

(2) 原告は、平成八年九月から同一〇年二月までの間、遅刻、早退、一七時上がり及び振替休日が全運転手の中でも最も多く、生コン運転手という力作業の側面のある業務に不向きな面があることなどから、本件解雇の対象とした。

(三) 解雇回避努力について

被告会社が、本件解雇以前に、希望退職者の募集、配転、出向等の措置をとっていないことは事実である。

しかし、被告会社程度の規模の会社においては、同職種の従業員が多数存するわけではなく、被告会社内部はもちろん被告会社のグループ企業に、生コン運転手である原告を出向、配転等させることは不可能であった。また、希望退職者の募集についても、他に優秀な労働者が多数退職してしまうおそれもあり、被告会社程度の規模の会社においてはなし得なかった。

本件解雇は、右(一)のとおりの厳しい経営状態にあって、会社生き残りの手段としてやむなくとった措置であり、また、被解雇者の選定基準も合理性があり、原告を含む解雇者との交渉においても可能な限りの退職条件を提示しており、解雇権の濫用に当たることはない。

2  原告の主張

(一) 人員削減の必要性について

被告会社は、以下の事情にかんがみれば、平成一〇年二月末日当時、人員削減をする必要性はなかった。

(1) 被告会社は、原告を解雇した後である平成一〇年三月に、生コン運転手として多数のアルバイトを入れたり、また、同年四月には原田聡を試験室係として新規採用している。被告会社は、人員削減以外に会社の生き残り手段はないといいながら、原告解雇後も人員を補充しており、その主張は矛盾している。

(2) 被告会社の第七期決算報告書(平成八年九月一日から同九年八月三一日)によれば、平成九年には、大峯工場の生コン機械装置等を大幅に入れ替え、新工場により増産体制を整えるなどの設備投資をしており(平成八年と平成九年とでは、有形固定資産が建物については三・三六倍強、機械装置では一・三五倍強増加している。)、被告会社が主張するような事業縮小化・経費削減とは相容れない経営実態であった。また、現在の社会情勢からすれば、公共事業等の拡大により生コン需要は増えるものと考えられ、平成一〇年二月時点において人員削減を図る必要性は存しなかった。

(3) 被告会社は、バブル崩壊後の平成二年に設立されて以来、順調な経営を続けており、売上総利益も伸ばしてきている。また、被告会社は、カコイグループ各社の生コン需要を満たすために設立されたもので、グループ全体での役割、位置づけが重要である。被告会社のグループ会社の実績は、各社とも向上しており、被告会社は、カコイグループの中で必要性、貢献度が高いと考えられ、被告会社が赤字決算を出しているということを重要視すべきではない。

(二) 被解雇者選定の合理性について

(1) 原告をはじめとする被告会社輸送部の生コン運転手は、平成九年七月に被告会社から「今後営業手当を廃止し、残業形態に変更する」と労働条件を変更されたことに対し、嘆願書を提出するなどし、同月一五日、二二日及び二五日に被告会社経営側と交渉を持った。右交渉の際、最も活発に発言をしたのが、原告を含む本件解雇の対象者であった。つまり、本件解雇は、経営側との団体交渉において労働条件の改善を求めた原告を標的にしたものであり、不当労働行為に準ずるもので、違法・無効である。

(2) 原告が、他の従業員と比較して、特別に遅刻・早退が多いというわけではない。また、遅刻等も、事前に、工場長に連絡をして許可を受けた上でのものである。被告会社が解雇対象者四名を選定するに当って、客観的・合理的基準はなかった。

(三) 解雇回避努力について

本件解雇は、事前に何の説明もなく、いきなり、解雇を言い渡したもので、また、事前に、希望退職者の募集等他の手段を尽くしてはおらず、何らの解雇回避努力がなされていない。

(四) 業務上疾病の労働者に対する解雇制限(労働基準法第一九条)

原告は、平成九年一二月一日から、股関節痛、血尿等により治療中であった。右疾病は、長時間座ったまま仕事をし、排尿を我慢するために起こる女性生コン運転手のいわば一種の職業病であり、業務起因の疾病にあたる。

右治療中の原告に対する解雇は、疾病による休業期間中の解雇制限等を定めた労働基準法一九条一項本文の規定の趣旨に鑑みれは、違法・不当な解雇であり、公序良俗に反し、無効である。

第三当裁判所の判断

一  前記前提となる事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告会社の規模

平成一〇年二月当時の大峯工場の従業員は、工場長一名(運転手兼務)、経理一名、営業一名、試験室三名、配車係二名(運転手兼務)、事務二名、製造係二名(運転手兼務)、運転手一三名の計二五名であった。被告会社は、一六台の車両を有し、鹿児島市内の主たる生コン業者の中では最も多かった(他の会社は車両台数が多いところでも一〇台であった。)。被告会社は、株式会社カコイエレクトロ等合計九社から成るカコイグループの一社であり、カコイグループ全体の総社員数は平成一〇年度当時約七〇〇名であった。

被告会社の経営の実質的な責任者は、取締役営業部長の上野德幸であり、本件解雇についても、被告会社役員会から一任される形で、上野が中心となり、カコイグループの中心会社である株式会社カコイエレクトロの総務人事課長である大西守と協働して行った。

2  被告会社の経営実態

(一) 本件解雇当時の経営状況

被告会社は、平成二年九月に設立登記されて以来、七期(決算期は毎年九月一日から翌年八月三一日まで)連続の赤字決算状態にあり、第一期(平成二年から三年)は九一〇四万三〇二六円の当期損失、第二期(平成三年から四年)は一億二四九六万五六八三円の当期損失、第三期(平成四年から五年)は二五三三万八一四九円の当期損失、第四期(平成五年から六年)は三三〇六万一六六七円の当期損失、第五期(平成六年から七年)は三六三七万九二一九円の当期損失、第六期(平成七年から八年)は二九三六万六五九八円の当期損失、第七期(平成八年から九年)は一億七〇三三万九一七一円の当期利益(第七期に利益が計上されているのは、固定資産(旧工場施設)の売却によるものであった。)、第七期終了時点(平成九年八月末日)での繰越損失累計は一億六九八一万五一七一円であり、また、第三期以降は減価償却が実施できない状況にあった。また、平成九年ころからは、鹿児島県内の建築土木業界全体の不況に伴い、生コン業界の不況も深刻であり、また、いわゆる金融機関の貸渋りによって、新規融資を受けることも難しくなってきていた。また、平成一〇年二月二八日当時の被告会社の借入金は、鹿児島銀行などの金融機関から合計一億三五四五万円であったほか、これ以外に、グループ企業である株式会社カコイエレクトロから三億四〇〇〇万円、親会社であるカコイ産業株式会社から五〇〇〇万円を借り受けていた。

もっとも、被告会社では、売上高については、第四期をピークに減少しつつあるものの、それでも少なくとも毎期四億五〇〇〇万円以上の売上げを堅持しており、第三期以降、売上損益は黒字が続いており(第一期は売上総損失六一四〇万五〇七二円、第二期は同八八四二万九七一二円、第三期は売上総利益九〇〇万九四六四円、第四期は同六一六万二二三七円、第五期は同六五五万九一〇五円、第六期は同一三七〇万三五一七円、第七期は同一六五八万二五四三円、第八期は同一三六〇万六八四八円)、販売費及び一般管理費(第一期は一一三五万八九五五円、第二期は一四八六万四二〇六円、第三期は一五五四万八六〇五円、第四期は一六〇三万六六三三円、第五期は二〇四八万五四五七円、第六期は二二六〇万九四二四円、第七期は二二四一万〇八四三円)を差し引くと、営業損益は、第一期が七二七六万四〇二七円の損失、第二期は一億〇三二九万三九一八円の損失、第三期は六五三万九一四一円の損失、第四期は九八七万四三九六円の損失、第五期は一三九二万六三五二円の損失、第六期は八九〇万五九〇七円の損失、第七期は五八二万八三〇〇円の損失となっていた。

(二) 被告会社の経営合理化策

被告会社では、前記経営状態を脱却するため、平成八年五月に鹿児島生コン協同組合鹿児島支部に加入し、同業他社との協調を図るなどの対策を講じ、また、平成九年には、旧工場が国道三号線のバイパス工事等により、撤去・移転を余儀なくされたことに伴って、新工場を建設し、製造能力での改良を図るとともに、残コンクリート処理機能を向上させ、在庫管理を強化した。また、平成九年七月頃には、人件費削減のために、それまで残業分として従業員に対し一律に支給されていた営業手当を廃止し、実働分の残業手当に切り替えることを提案するなどした(ただし、被告会社輸送部一同の反対もあり、営業手当の廃止は実現しなかった。)。

しかし、上野は、大西と相談した上、平成九年一一月頃までには、被告会社の経常損失の解消を図り、経営合理化のためには人員削減はやむを得ないと判断し、同業他社並に一〇台の生コン車で稼働するために、五名程度を削減することとした。上野は、平成一〇年一月二六日ころ、生コン材料原価及びプラント維持管理費等の削減による年間約一六〇〇万円の経費削減案及び五名(輸送部門四名、業務部門一名)の人員削減による年間約一八〇〇万円の人件費削減案を記載した経営合理化案(<証拠略>)を作成した。

3  本件被解雇者の選定

(一) 上野は、最終的には、原告、久保晴美及び徳重和秀の三名の運転手並びに試験室係の有村茂樹の合計四名を人員削減対象とした。

(二) 上野が原告を解雇対象としたのは、他の生コン運転手と比較して早退、遅刻、一七時上がり(退勤時間の午後五時に退社できるよう、運送現場を振り替えたり、工場内待機とすること)や振替休日が多かったこと、また、原告には健康面や体力面での不安があり、会社の方向性に必ずしも見合う人材ではなく、さらに、経験年数が運転手中最も浅いことなどからであった。

4  本件解雇の経過

上野は、平成一〇年二月二七日、大峯工場の部長室において、解雇対象者四名を個別に呼んで、会社都合により、解雇日を同年二月二八日とし、解雇予告手当及び退職金一割増を支払い、社会保険を同年三月三一日まで延長するという条件で解雇予告通知をした。同日、池田も、自ら退職を申し出た。

これに対し、原告らは、翌二月二八日から四月一五日ころまでの間、上野及び大西らと復職の可否や解雇条件等について、複数回にわたり話し合いの機会を持った。徳重は、給料三か月分と退職金を支給されれば退職に応じる旨の条件を提示したが、被告会社は、前記解雇条件に加えて一か月分の給料を出すという条件が限度である旨伝え、徳重及び同人に交渉を委任した久保は、三月一二日、被告会社の条件で解雇を受け入れた。有村は、本件解雇が整理解雇の四要件を充足しているかどうか説明を求めたりしたが、三月三一日に被告会社からの右条件にて解雇を受け入れた。

しかし、原告は、あくまで復職を希望し、平成一〇年四月一〇日、当庁に従業員地位保全の仮処分の申立てを行った。

5  原告の勤務状況等について

原告は、平成八年一月三〇日、被告会社の従業員として採用され、平成一〇年二月二七日まで約二年一か月間、大峯工場で生コン運転手として勤務してきた。原告の生コン運転手としての勤務年数は、全運転手の中で最も短かった。原告の勤務状況は、業務命令違反や怠業等が存したわけではなかったが、中学生の娘二人を養育しており、遅刻、早退(ただし上司の許可を得てのもの)等が他の従業員と比較すれば多く、振替休日(休日の土曜日に出勤し、代わりに平日に休みを取ること)及び有給休暇の合計は、平成九年一月から平成一〇年二月までの間二五回と生コン運転手の中では最も多く、また、「一七時上がり」についても一六回と最も多く、さらに、遅刻・早退時間の合計も二七時間と三八時間の松山利光、二七時間半の徳重に次いで多かった。また、原告は、平成九年一二月一日から、股関節痛、血尿等によって週一回程度通院中であった。原告は、主治医から生コン車運転中に尿を我慢しすぎたことが原因であろうと説明を受けた。

二  争点に対する判断

企業は、企業経営方針及び判断について専権を有し、業績不振に陥った場合には、経営合理化策の一環として必要な措置を講ずることができるものと考えられ、本件のように一定の経営判断に基づいて人員の削減を図るいわゆる整理解雇も本来企業の自由になし得るところである。しかし、一方で、整理解雇は、労働者に帰責事由がないにもかかわらず、その生活・経済基盤を一方的に奪うものであるから、右経営者の判断にも一定の制約があって然るべきであり、被告会社の就業規則においても一八条一〇号「事業の縮小、変更、廃止に伴う業務上の都合による場合」、第一一号「その他前各号に準ずるやむを得ない理由がある場合」と自ら一定の制約を定めているところである。そして、右各号の「業務上の都合」、「やむを得ない理由」に該当し、整理解雇が有効とされるためには、(一)人員削減の必要性があるか、(二)整理解雇対象者の選定基準及び基準の適用に客観的合理性があるか、(三)整理解雇を回避するための努力が尽くされているかなどの諸事情の存否を総合検討し、かつ、企業の規模、人員削減の必要性の程度、労働者の職種等の事情を勘案して判断するのが相当というべきである。

1  人員削減の必要性について

(一) 被告会社は、生コン業界全体の不況のもと、七期連続の赤字決算により平成九年八月末日時点で一億六九八一万五一七一円の累積損失があったこと、平成九年後半頃からいわゆる金融機関の貸渋りによって新規融資を受けることが困難となり、本件解雇から約四か月後の平成一〇年七月二四日時点で金融機関からの新規融資を事実上受けることができなかったこと、グループ企業から三億九〇〇〇万円もの借入れをしていたことは前記一2認定のとおりであり、被告会社の経営状態が厳しい状態にあったことは否定できないところである。

しかしながら、前記認定のとおり、被告会社は、第三期以降、四億五〇〇〇万円以上の売上げを堅持しており、売上損益自体は黒字が続いており、それにもかかわらず、当期損失を計上し続けたのは、販売費及び一般管理費の削減努力の不足にも原因があったのではないかとの点が指摘でき、被告会社が本件整理解雇に至る前に行うべき経営努力を怠ったのではないかと考えられるところである。そして、被告会社は、鹿児島県内でも有数の企業グループの一社であるところ、親会社等に過度にその存立を依存すべきでないことはいうまでもないが、その設立の経緯やグループ内における被告会社の位置付けからして、被告会社が、平成一〇年二月当時、経営的に高度の危機下にあり、人員整理をしなければ倒産必須の状況であったとまで認めることはできない。

(二) 被告会社が本件解雇に至るまでにとった経営合理化策は、前記一2(二)で認定したとおり、<1>平成八年五月に鹿児島生コン協同組合鹿児島支部へ加入したこと、<2>新工場建設に伴う在庫管理等の強化による経費削減、<3>平成九年七月頃の営業手当廃止の提案などにとどまっており、被告会社は、平成八年頃までは、原告を新規雇い入れるなど赤字状態を脱却するための積極的姿勢をとっておらず、平成九年以降、いわゆる金融機関の貸渋りによって資金繰りが困難となり(もっとも、被告会社は、第五期以降、銀行借入金を逐次減らしてきている。)、急拠即効的な対応をしたという面があり、他にとり得る経費削減策を十分検討・実行することなく、本件解雇が実行された面があるといわざるを得ない。

(三) 原告は、本件解雇時である平成一〇年三月に多数のアルバイトを入れたり、また、同年四月に原田聡を新規採用したりするなど、被告会社が人員削減措置と矛盾する行動をとっている旨主張するところ、(証拠略)によれば原田聡は平成一〇年四月一日付けで中央建設株式会社に採用され、一時被告会社で研修していたにすぎないことが認められる。しかし、アルバイトの雇傭、同業他社からの傭車については、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、本件解雇により、生コン車の稼働台数を一〇台程度に減車する計画であったとしながら、本件解雇後も一六台を保有し、内三台を除く一三台を稼働させており、なお、その上に同業他社からの傭車やアルバイト運転手を使用しており、右計画との間にそごがあることが認められる。

2  人選基準及びその適用の合理性について

(一) 整理解雇者の人選については、当該企業の個別・具体的事情ないし状況に応じて異なるものであり、第一次的には企業側が自己の判断と責任に応じて諸般の事情を考慮して決するものというべきであり、右人選の基準が、不合理かつ恣意に基づくものであると判断されるような場合には解雇権の濫用として無効とされるが、そうでない限り、右合理性の判断においては企業側の裁量を尊重するのが相当というべきである。

(1) そこで、検討するに、被告会社は、解雇対象者の選定基準は、欠勤、遅刻及び早退の頻度、勤務状況並びに経験年数、健康状態等を基準とし、前記一3(二)のとおり、原告の出退勤状況及び健康面の不安等に照らし、原告を解雇対象者に選定したことが認められるところ、右選定基準そのものを不合理かつ恣意的であるということはできない。

しかしながら、被告会社が原告を解雇対象者として選定した理由を具体的にみるに、以下のような疑問点が挙げられる。

まず、欠勤については、(証拠略)によれば、二五回と全従業員の中で最も多いとされるが、これは、有給休暇と振替休日の合計数と考えられるところ、前者については労働者に認められた権利であり、これを労働者に不利に斟酌することは適当ではないし、また、後者についても、休日の土曜日に出勤し、平日に休暇を取るというのであるから、仕事量の過少はあるにせよ、振替休日の数の多さ自体を不利に斟酌することには疑問を呈さざるを得ない。次に、股関節痛及び血尿による健康状態の不安も、原告の主張するとおり、女性生コン運転手の一種の職業病的な側面があることは否定できず、解雇の理由についてこれを正面から考慮することにも躊躇せざるを得ない面がある。

たしかに、原告が「一七時上がり」の回数が一六回と最も多く、さらに、遅刻・早退数の合計も二七時間と多かったことは事実であり、その点を考慮することは一応の合理性があると考えられるが、他方で、松山利光のように原告以上に遅刻早退数の多い者が解雇対象になっていないことを考慮すれば、解雇対象者の人選には不明朗な点があることは否定できない。

(2) 原告は、本件解雇は、経営側との団体交渉において労働条件の改善を求めた原告を標的にしたものであり、不当労働行為に準ずるもので、違法・無効である旨主張する。

(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告ら輸送部一同(生コン運転手)は、平成九年七月頃、被告会社からの営業手当廃止による人件費削減の提案に対し、これに反対する嘆願書を被告会社代表取締役の栫井民男会長(カコイグループの事実上のオーナー)に提出したこと、これを受けて、平成九年七月一五日、二二日及び二五日の三回にわたって、原告を含む輸送部一同と上野及び工場長である川窪文生との間で話し合いがもたれたこと、その席で、原告は、「会社の赤字は社員の責任ではありません。私たちは関係ありません。経営者が悪いのでは」などと述べていることが認められ、被告会社としては原告に対し必ずしも良い感情を抱いていなかったであろうことは推認し得るところである。

しかしながら、被告会社が原告の右発言のみをとらえて解雇対象としたとまで断ずることはできず、この点に関する原告の主張は採用し得ない。

3  解雇回避措置について

(一) 解雇回避措置は、労働契約上の信義則から要請されるものであるが(最判昭和五八年一〇月二七日労判四二七・六三)、その程度は、ありとあらゆる解雇回避措置をとるべきことが義務づけられるというものではなく、その当時の会社の置かれた状況下において信義則上相当の経営上の努力をすれば足りるものというべきである。

これを本件についてみるに、被告会社では、希望退職の募集、配置転換等の措置を本件解雇前に従業員に実施していないことは当事者間に争いがない。そこで、本件解雇当時の被告会社の置かれた状況下において、被告会社の措置が信義則上相当であったか否かについて検討するに、前記認定のとおり、生コン運転手については、徳重及び久保が解雇に応じ、池田も自主退職していることから、更に原告に対する人員整理の必要性が緊急かつ高度であったとまでは認め難いこと、また、被告会社のとった経営合理化策は必ずしも十分なものであったとはいえず、販売費及び一般管理費の削減など他にとるべき手段も残されていたこと、さらに、被告会社で人員整理の方針が立てられたのは平成九年一一月頃であるが、本件解雇はその約四か月後という短期間のうちになされており、その間に退職勧奨、希望退職の募集など明確な解雇回避措置が講ぜられたことは一切なく、また、賃金カット、時間短縮等の方法による人件費削減については、被告会社は、輸送部門の従業員に関する限り、従来から相当の人件費削減措置をとってきていたが、右従業員らも被告会社の窮状を察し、できる限り、これに協力する姿勢で応じてきたと認められること、そして、解雇に至る右経過をみる限り、本件解雇は労働者側からみて唐突で予期しないものであったことは否めず、本件解雇が労使間の信義に則ってなされたとはいい難いことなどからすれば、本件解雇は、信義則上相当の解雇回避努力を尽くしたとは認められないといわざるを得ない。

(二) これに対し、被告会社は、希望退職の募集、退職勧奨を行うことはかえって有能な人材を失う可能性があるなどと主張するが、鹿児島県内の生コン業界全体が不況下で、再就職が困難な状況にある中で、希望退職を募集したことで人材が流出する事態が現実に起こり得るか否かは疑問であるし、また、仮に被告会社が人材の流出を恐れたことが事実であったとしても、整理解雇が労働者の権利を一方的に剥奪する極めて不利益な処分であることにかんがみれば、被告会社が労働者に会社の置かれた実情を十分説明し、労働者の理解を得て人員削減を行い得る方途をとらなかったことを正当化する理由にはならないというべきである。また、被告会社は、希望退職の募集を行うとすれば、割増退職金を支払わなければならず、被告会社にはその余裕がなかった旨主張するが、それであれば、その窮状を説明した上で、退職勧奨等の措置を行うという方法もあり、また、本件のように整理解雇を選択しても割増退職金の支払を提示せざるを得ないのであるから、右主張も解雇回避措置をとっていないことを正当化する理由とはならない。

4  以上のとおり、本件事実関係の下においては、解雇回避措置がとられておらず、また、人員整理の必要性及び原告の人選方法自体にも疑義を差し挟まざるを得ないこと等を総合考慮すれば、就業規則一八条一〇号「事業の縮小、変更、廃止に伴う業務上の都合がある場合」、第一一号「その他前各号に準ずるやむを得ない理由がある場合」に該当するとしてなされた本件解雇は解雇権の濫用であって無効というべきである。

三  以上によれば、原告に対する本件解雇はその余の点について判断するまでもなく無効であり、原告の請求は、いずれも理由がある。

(裁判長裁判官 吉田肇 裁判官 鈴木順子 裁判官 澤田忠之)

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